Accident

自分にとって未知の経験。
おごりとか、過信とか、そんなこと言われたらなんにも言い訳できないけれど、こんなの初めてだった。
転倒した日の出来事とそのときのお話。

朝は少しゆっくり目にスタートした。標高1500mのモンテベルデ自然保護区から一気に海までくだり、
そこから首都サンホセを目指す150kmの道のり。今日はLIVE授業でお世話になるコスタリカ人のマウリシオさん
の家にお世話になれることになった。真っ暗になるまでにはなんとかたどり着きたい。

霧のなか走り始めた。標高の高いここは雲の中だ。ダートの山道を少し慎重に下っていき、20kmほどだろうか
小さな町に入ったところで舗装路に変わった。この町の先にあった橋は雨季の濁流で流されてしまったようだ。
仮説のつり橋を歩き渡りそこからは一気に山をくだる。体力が落ちたのか、体感としての錯覚なのかはわからないが
こうして下りメインのなかに出てくる次の山を越えるまでの登り坂がほんとにしんどい。けど一度押してしまうと
ダラダラいってしまう。ダンシング(立ち漕ぎ)しながらひとつひとつ越えていった。

海に出るところの町でお昼休憩。そこから3kmほどルートを間違え戻る。
その戻りのあとの海岸沿い、海水浴客がたくさんいるところでパンクした。タイヤを外さずとも外にグサッと突き刺さる
針金。この針金を早く抜いておくべきだった。

気温は30度ごえ。影まで移動しようと自転車を押していたときにどうやらチューブに刺さった針金が貫通して2箇所穴を
あけていたようだ。いつものように丁寧に修理をして、タイヤにはめて、空気を入れ再スタートを切ったすぐに、
後ろタイヤにフワフワした感覚を覚えたときには、トラウマになりそうな絶望感を覚えた。

結局また自転車を倒して、もうチューブごと交換して走り始めたときにはもう日は傾きかけていた。
ここでロスしたけれど丁寧に走ろう。そう思いサンホセに向かうハイウェイに戻ったときには前方にあった分厚い雲。
その雲の端っこが、砂時計の落ちる砂のように下向きに三角形に伸びている。
ちょうどそこにさしかかったときに土砂降りの雨が落ち始めた。高速道路のようなこのハイウェイ27には雨よけ
なりそうな場所もなく、仕方なく携帯電話だけ濡らさないようにして、そのまま土砂降りのなかを走り続ける。
目も開けてられないほどの雨足。あっという間にソックスはグッショリと重くなり、体から水滴が滴る。
道路脇の溝は濁流のような水がしぶきを上げて流れていた。

その後、バイクの人たちも雨宿りをしている高架に入ったが、どれだけ待っても雨が止みそうにない。
日は傾きだんだんと暗くなってきた。1時間ほどで、諦める。遅くなる方がリスクが高いと。そこからは
標高とともに気温も下がってきたのでレインウェアを着て、荷物は全て防水バッグにぶち込んで走り続ける。
内側からの汗でもうぐしょぐしょだが、レインウェアは体温を奪われないために着る。

気持ちが切れそうにならないように、なんども自分に言い聞かせる。
待っててくれる人がいる。サンホセにも、そして日本にも。落ち着いて。落ち着いて。
なんどもなんども言い聞かせて走り続けた。

ぐんぐんと標高が上がり続けて、ハイウェイ27からサンホセに入っていくハイウェイ1に走り抜け。
さあ、ここからはあと10数kmというところだった。このときも自分は言い聞かせていた。落ち着いていこう、と。

国道でよくある、側道から本線に合流する三角地点。あそこから側道側に渡ろうとして確認したそのとき、
自転車が浮いた。ハンドルを握りなおそうと思う間も無く体が浮いている感覚がして気がついたら転倒。
最初に見えたのが、そこにある地面と車のライト。何が起こったのかわからないまま反射的に体を起こしたら
車道の端っこだった。

もし車が来ていたら、そんなことはまだ考える余地もないまま自転車を起こし安全地帯に逃げ込んだ。
後ろを走っていた車がびっくりして停まっていた。僕が歩き出すのを確認して、無事だと判断して走り去った。
僕はあらためて自転車をチェックする。ひどい。ハンドルが曲がったか、レバーが破損したか。タイヤはまわるか。
あれほどひどい転倒だったのに、ひと通りチェックしたらいけそうだ。なんとかなる。

体の痛みに足を見ると血が流れている。肘も擦りむいている。脇腹が痛い。骨折はしてなさそうだ。
ブレーキレバーの醜い傷を見ながら、ハンドルバッグに入れていたカメラはダメかもしれないなと判断した。

立ち上がり。胸に手を置いた。走ろう最後まで。記録にも残そう。
けどあれほど誰かに居て欲しいと思ったことって最近なかったな。
だいじょうぶだよ。だいじょうぶ。たったそれだけでもいいから声をかけてほしい。そう思った。

僕が走るこの道路。誰も僕がさっき転んで怪我をしたなんて知らない。
僕だけがひとり、怪我と思いを持ってはしってるんだ。6時に到着できるようにと伝えていたのに、もう8時を
まわった。連絡する術がないことが申し訳ない。きっと心配して待ってくださっているだろう。

怪我のあとまた雨が落ちる。傷口が雨で痛むことなんてはじめてだ。顔をしかめつつ最後の最後まで走った。
マウリシオさんは僕を家の前で出迎えてくれた。大変だったね。お疲れさま。

僕の最初の一言はごめんなさい。遅れて、連絡できなくてごめんなさい。
そして怪我を見せると、彼は顔をしかめた。さあ家へ。まずはあったかいシャワーだよ。

アツめのシャワーでここまでの緊張を溶かしながら、振り返る。そして傷口を洗う。いてー。
けど思ったほど深くなさそうでよかった。
シャワーを出たらマウリシオさんが庭のアロエを持って待っててくれた。
これをしっかり塗り込んで、そしたらきっと大丈夫だから。
体育教師の彼はきちんと冷静に怪我も僕のことも見てくれて、余計すぎないほどよい心づかい
にほんとにありがたい気持ちになった。ありがとう。


2日経った今思っても不思議な体験。自分ではコントロールしようがなかったアクシデント。
きっと何かの意味がある出来事だったのだろう。それはいつカタチとして僕の目の前に現れるか
分からない。けれどもきっと何かにつながっているはずだ。
起きたことに心を振り回されるのではなく、それが起こった意味に心を頭を向けるんだ。