AngelSmile

【天使の笑顔】

 

「わっ!」

一瞬顔が強張ったと思う。

砂浜に置いていたバックパックのジッパーが開いている。

嫌な予感が頭に入り込んでくるのと、おなじぐらいのタイミングで僕の手はジッパーの中身を搔きわける。だんだんと予感が確かなものになっていく。

あかん。。。財布がない。。。

ちょうどそのくらいの時に海からあがってきた、しんやに財布がないことを伝えた。

 

しんやはグアテマラからベリーズ、メキシコ、キューバと自転車で旅してきたサイクリスト。トリニダーという町の夜にたまたま出会ったのだが、また会えるといいなと思いながら走っていたら目の前に現れた。ハバナまでの道をともにしようということになり、3日間一緒に走った相棒だ。一緒に走り始めて2日目、午後1番暑い時間に行った浜辺で財布をやられた。

 

「え!?マジすか!?」

すかさず自分のものを確かめるしんや。幸い彼の荷物は全部無事だった。

僕も財布以外には手をつけられなかったのが幸いだ。財布はここでどうがんばろうともう戻りようがない。

 

やってもーたなー。はもちろんある。

自転車も荷物も見える範囲で泳いでいたからおそらく僕が浜に入るときにもう狙われていたか通りがかりだろう。キューバのゆったりした雰囲気に気が緩んでいたことは確かだ。けどひとりだったらこんなことしてなかった。

 

しんやの「海まだ泳いでないんすよー!」を聞きながら、ハバナまでにどっかで泳ぐタイミング作ってあげたいなーと思いながら、あの浜から見えた海に引き寄せられてったな。けど

起こってしまったことはしょうがない。ここで誰かを捕まえたところで犯人がみつかることはあり得ないだろう。

 

とりあえずこれから自分がするべき動きを頭で描きながら、着替えを済ませ、その日の宿泊予定の町へと自転車を走らせた。心を引っ張られるな。起こったことを受け止め、しっかり意味を考えろ。そう自分に言い聞かせながら道路の先を見つめて宿泊予定地までの残りの道のりを走った。

 

自分の心模様。

モノへの思いというのであれば、だんだんとそういうものから離れていると思う。今回はお金と大切な財布は失ってしまったが、そこまで自分を重く引っ張るもんじゃない。しかし、この先の旅の行程を考えると、いったいクレジットカードの再発行とこちらでの受け取りにどれくらい足止めくらうんだろう、ということに少し重さを感じる。

 

そしてもうひとつ。

僕はこういうことが起こるとひとつは自分の気の緩みを反省する。けどその一方でこのことが起こった意味を考える。この出来事は僕に何を告げようとしているのか。その意味をとらえられるようにと意識を向ける。

 

・この日はトラブルが無ければキャンプ予定だった。けど財布を盗まれたことで、日本への連絡などのために宿をとらざるおえなくなった。

・このことでおそらく旅の行程が変化する。メキシコに戻ってから先のルートや過ごす場所が変わる。

 

あまりに抽象的かもしれないけれど、こういうちょっとしたトラブルは、おっきなトラブルが起こるまでの気づきを与え方向転換することのでききる機会、もしくはこのことで変わったルートや予定が新たな旅の扉を開くようなきっかけとなるかもしれない。そんなことを考えたりする。こういうのは納得してもらいたいとか、伝えたいとかいうことではなく、勝手に自分がこういうことが起こったときに考えることだ。

 

けど絶対に大事なのは引っ張られすぎないことだと思う。

起こったときにマイナスとしてとらえられるものほど、そこで引っ張られてしまうと暗い気持ちで過ごすことになる。けど、僕にそんなことがあっても、時に悪い人に出会ったとしても、それでも世界には相変わらず美しいものや素晴らしいものがたくさんあるのだ。それを見る心のスペースを失ってしまうか、それとも少し冷静になってまた心の余裕を持って世界を見つめることができるか。そんなことな気がする。

 

 

盗難の翌朝、まだ日本への電話の仕方も分からなく(社会主義国でSkypeでの電話などができないし、公衆電話でも国際電話用カードがなければかけることができない。)とりあえず首都のハバナについてから対応を考えるしかない。そこからしっかり動かないとだけど、今日は今日を楽しもう。旅をともにするしんやは今日が3ヶ月の自転車旅のゴールなのだ。

 

「うまい朝ごはん探そうぜー!」と泊まった町の路地を走らせ一軒素敵な感じのカフェテリアを見つけた。肝っ玉かあちゃん、寡黙だけれど厨房からこちらを優しい眼差しで見つめて料理を作る旦那さん。全部うまい。お客さんもみんな顔見知りだ。

そんなときに、ひょこっと黒人さん家族がカフェテリアに入ってきた。僕のひざ上くらいしかない2歳くらいの女の子が僕らふたりを見て心底不思議そうな顔をしている。きっと東洋人を見たことなかったんだろう。

 

あまりにも純粋な目で見つめられるので、僕もニコッとして手を振った。

そしたら、その女の子が、ほんとにそれはつぼみが花開く瞬間のような笑顔をぼくらに見せた。それはほんとに天使のようで、見つめられたときに僕の心に光がさすようなそんな素晴らしい瞬間だった。

 

そうなんだ。世界は美しいんだ。

僕の心の目が開いてさえいれば、どんなことがあっても僕はその美しさを感じることができる。