Unexpectable



「おっと!そこにあったか!」
休憩のジュースをお店で買うために、道路わきのお店をキョロキョロしながら走る。
そうして町が終わりかけるときに、パッと目に入ったのがその道路から少し外れた路地にあるお店だった。
こういうところから物語がはじまるから人生はおもしろい。

店に入るなり、おばちゃんは顔を上げて僕を見る。それで一瞬表情が固定される。
こういうのメキシコではよくある。そりゃそうだ、観光客も止まらないこんな町のそれもまた、
地元の人が行くだけのようなちょっと奥まったちっさな売店だもんな。

ここから分かれる。素っ気なくやりとりを終えるか、それとも興味を持たれるか。
このおばちゃんは後者だった。僕が日本人ですよと言うと、片言のスペイン語しか話せないことなんて
お構いなしに質問しはじめた。

「どっから来たの!」
「え!?メキシコシティから!?どれだけかかったの!?」
「それでどこまで行くの!?ペルーだって!?」
「仕事は?学校の先生!?あんたどれだけ休めるんだい!」

おばちゃんしっかり大きなリアクションしてくれるので、なんとなく言葉の端をつかんでの会話なのに
言ってることがよく分かる。そうしてしばらく話していると家の奥からおっちゃんが出てきた。

店の入り口に止めてある自転車をシゲシゲと見て、そして戻ってきて一言。
「どっから来たんだい?」
おばちゃんが僕の代わりにひと通りのことを説明してくれた。
そして、それからふたりして一言。

「夜はいったいどうするんだい?ここからカンクンまではまだ遠いよ。走るのかい?」

キャンプしようと思うんだけれど・・・。いいとこあるかな?
と答えた僕。おっちゃんが僕を見つめ「カサセコンダリア!バモス!」と言った。

どこだそれは?セコンダリアって中学校か?プリマリアが小学校だからな。
なんてちょっとワクワクちょっとドキドキしながら、
小さな自転車にまたがったおっちゃんについて行く。

こういうちょっとした空間と気持ちのすき間みたいなところがおもしろい。
さっき知り合ったばかり。きっと信用できる人。けどどうなるんだろう?どこに向かうのか?
みたいな自分の気持ちと現実とを行ったり来たりしているような感覚。
そこにいるときに。そのときはそんなことは感じないけれども、あとから振り返ると旅が生まれる。

小さな町の周りには小さな家と木が立ち並ぶ道路をしばらく走ってひとつの塀にたどり着いた。
中には小さな小屋がある。おっちゃんが指差す。カサセコンダリア。

なるほどー。セカンドハウスのことやったんや。
おっちゃん早速鍵を開けて、ほとんどモノの入っていない部屋をホウキではきはじめた。
寝るのはどうする?ハンモックいるか?床はよくないぞ。板を敷くか?

耳が遠いおっちゃんには、見せたほうが早いと小屋の中でテントを広げた。
これで蚊もだいじょぶやで!おっちゃん!ニカっ!としたらおっちゃんもこりゃいいなと
返してくれた。水はあそこ!水浴びをすると涼しいぞ!明日は何時に出発だ!?
ひと通り聞いておっちゃんは帰って行った。

帰りにグラシアス!と手を振っていると
「いかん!誰かに見つかるとダメだから!静かにな!カギ閉めとけよ!」
と人差し指を鼻に当てて言って、おっちゃんは帰って行った。


翌朝。おっちゃんとおばちゃんのお店に顔を出す。
朝から眠れたか!?ご飯は村のあそこに安いのがあるぞ!今日はカンクンまで行けるのか?
といろいろ質問してくれるおばちゃん。
おっちゃんは「あいつ俺が鍵あけなくても自分で塀を越えてここまで来たぞ!」とおばちゃんに
得意げに話している。

折り紙の鶴をプレゼントして、連絡先交換。
何度も僕の電話番号を聞き直し、そして自分の連絡先もおばちゃんに聞きながら
がんばって書いてくれたおっちゃん。

ありがとう。ありがとう。
ふたりが受け入れてくださったこと。
たとえ陽の目を見なくても、世界には美しく生きる人たちがいる。