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出発の朝。家族みんなで最後の食事。
「昨日のカレー美味しかったね」
「そうそう、リリ(日本に住む娘さん家族)たちはいつメキシコに来るんだっけ?」
「マサは今日はどこまで走れるかしらね」
なんて、いつもと変わらない感じで過ごした。

荷物をパッキングして、ボトルに水を詰めて準備完了。
何年も旅が始まると毎日繰り返していくことなのに、なんだか新しく感じる。
さあ行きます!家族に声をかけて、一緒にみんなで写真を撮って、走り始めた。
ずっと先の交差点から振り返ると、お父さんお母さんがまだこっちを見ていた。
ありがとう。今回も本当にお世話になりました。行ってきます。

荷物とともに走るのは半年ぶりか。そんなに前のことでもないのに、少し重たくて、
少しぎこちない感じがして、そしてなんだか顔が笑っているようだと感じる。
あ〜この感じ。帰ってきたな。

大都市の市街地を抜けるのはどこの国だって、だいたいがややこしい。
何度も地図を確認しながら、目的に沿って走る道路にたどり着くまで安心できない。
交通量は多く、僕が走る道路の右側にはしょっちゅう乗合バスが止まる。
追い抜かれたり、目の前でいきなり止まったり。ペースもなかなかあがらない。

途中に休憩も兼ねて、先輩の北極冒険家荻田泰永さんが
パーソナリティを務めるオン・ザ・プラネットに電話出演。ラジオのテンポだから
しっかり会話を作らないと、と話すがなかなかラジオって難しい。
また走り始めていくつかの反省点を振り返る。

だんだんと交通量が少なくなって、途切れなく続いていた民家や商店がなくなって、
やっと道路の両側に自然が広がるようになってきた。後ろを振り返るとメキシコシティ、
前方にはこれから越える山が見える。

山の手前の食堂にてご飯。comida corridaと書いてあるものをなんとなく注文すると、
スープが出てきて、そのあとに味のついたお米に目玉焼きがのったもの、そして最後に
鶏肉のトマト煮込みとトルティーヤが出てきた。その都度食堂のお姉さんが僕に「○○どうする?」
と聞いてくれるのだけれど、まだまだ片言スペイン語しか話せない僕にはお肉の種類くらいしか
言ってることが分からない。適当に返事をして出てきたものを食べる。こんなスタイルも久しぶりだ。

さあ山道。どれくらい登るのかと思っていたら結構なものだ。つづら折りでどんどんカーブの上り坂が
続いていく。後ろを振り返るとメキシコシティからだいぶ走ってきた。
左手と後ろにはモクモクの雨雲。 どこまでもってくれるかと思っていたら、頂上にたどり着く前に
雨が落ち始めた。さあ、次の町にたどり着くか、それとも雨宿りか。雨に濡れながら坂を登り続ける。

我慢できないほどの本降りになってきたところで、左手に工事の資材置き場と屋根のある小屋が見えた。
逃げこむように屋根の下に入り休憩。タオルで濡れた顔と服を拭いて、体が冷えないようにダウンとレインウェア
を着込む。1時間ほど雨宿りしたが、雲は低く止みそうにない。

うーんどうしようか・・・となんとなく小屋を回り込んだら、そこに屋根と平らなスペースがあった。
もう今日はこれから走っても暗くなってしまうし、ここなら見つからずにテントはれるだろう。今日はここを借りよう。
とテントを立ててまだ湿った格好のまま寝袋に潜り込む。食料は買っていなかったのでそのまま明日まで我慢だ。

まだカラダができる前なのと、上り坂でヘトヘト。いつの間にか寝入っていた。
と、テントの外からの叫び声で飛び起きる。あかん!誰か来た・・・。
あの前回の旅で襲われたときのことを寝ぼけた頭で思い浮かべる。現実感がないまま
しまった・・・という思いだけがある。どうなるか・・・。

長い杖のようなものを持ったおじさん、スペイン語で僕に話しかける「NO」と言っているが
それ以上は分からない。「SORRY NO ESPANOL(ごめんなさいスペイン語話せない)」と言うと、
「SLEEPING NO PROBLEM」と返ってきた。よかった、悪い人ではなかった。
改めて「アキノープロブレム(ここ、だいじょぶ?)」と聞くと「SI(うん)」とのこと。
セキュリティという言葉。おじさんはここの警備で見回りをして僕を見つけたようだ。
そして、危険がないかだけ確認しに来たらしい。最後に、ありがとうと伝えてお別れをした。

それからも、少しドキドキしながら、雨は降り続き僕は横になる。
高山病なのか、風邪をひきかけているのか呼吸がきちんとできてない気がして頭が痛い。
夜中に何度も意識が浅くなっては口で息をしていたのを思い出す。